笠原さんフィットネスジムの話

その昔。
自分がサラリーマンをやっていた頃、最寄りの駅にすごく繁盛しているラーメン屋がありました。大都市のランチタイムですから、他の店もそこそこに繁盛はしているのですが、その店の熱気は桁違いでした。同じフロアに、おいしいラーメン屋さんもあるのに、どうしてそのお店は大繁盛なのか?
何かがおかしい、と感じて数日通い続けたんです。
すると面白いことに気づきました。

まず、客層。立派なスーツを着ている中年男性が多いんです。会社の中ではそれなりの役職に就いていそうな人たちです。そんな人たちが一人で背中を丸めてラーメンを黙々と食べてるんです。ビジネス街なのでスーツ姿のサラリーマンがいる光景なんて普通です。が、役職クラスに見える人たちが一人で大挙してるのはちょっと異様です。
しかも時代はバブル真っ只中。ランチでコースとか出す店もあった頃の話です。倹約のためにラーメンで済ますような時代ではありませんでした。

次にフロアスタッフ。ラーメンを運んだり食べ終わった器を引き下げるのは5人ほどいるおばちゃんでした。それも片足をおばあちゃんに突っ込んだような方々でした。そんなお姐様方の威勢の良い声が店内に飛び交います。……というか、ほとんどおばちゃんたちの声しかしない。
おばちゃん達は大勢の客を捌くために、声を張り上げるのですね。
「ほら、そこ詰めて!」
「カバンは膝の上!」
「あんた、食べるの遅いわねぇ」
敬語なんてものはなく、おばちゃん達は中年サラリーマンにズケズケと切り込むわけです。当時は疑問に思いませんでしたが、もしも今の時代に「早く食べろ」とか客に行ったら炎上案件ですね。でも、この店では普通に言われることでした。

ともあれ、そんな様を見ていて自分気づいたんです。
あ〜このおじさん達はおばちゃんに叱られに来てるんだ……と。
そう思って改めて店内を見回すと、完全に腑に落ちました。
スーツを着た立派な中年男性は擬似的に叱られる体験を求めてるんです。もしかしたら無意識なのかもしれませんけど。
これが本当に叱られるとか苦情を言われると腹が立つのでしょうが、おばちゃん達の言葉に非難を感じさせるものはありません。親が子供に小言を言ってる感じ。
きっと、ここで背中を丸めて黙々とラーメンをすすってるおっちゃん達は、昔の実家の食卓にいるような気分に浸っているんだろうなぁ……と。


あれから三十年余り。
懐かしくなって調べたら、残念なことにもう閉店している様子。
でも、食べログの口コミを読んだら笑えました。
「他にもうまいラーメン屋はあるのにいつも混んでる」
「おばちゃんの威勢が良い」
「持ってくるおばちゃんが雑」
概ね評価が低い……。
だよねぇ、食べログにコメントするような人にはこの店の本質は分かんないよねぇ。
ちなみに五年くらい前のコメントなので威勢の良いおばちゃんはしっかりと代替わりしてたってことですね。

と、まあ、おばちゃんというかおばあちゃんが、店や地域を活性化する可能性を秘めていると思ったりするんですね。
これはそういうお話です(?)

(了)

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